なっとく

2月4日 所属する建築士会主催の建築家講演会があった

久しぶりに 渋い 建築家 野沢正光氏の登壇であった

今まで3~4回位 氏の話を聞いているが 

毎回違ったテーマで それぞれ面白く、 話題の引き出しの多い方だと

常々思っていた

忘れもしない 最初にお話を聞いたのは 神戸の地震のあった年

1995年7月であった

当初 神戸で開催予定の全国女性建築士連絡協議会が

地震の影響で不可となり、急遽 岐阜県が代役を名乗り出た という ものであった

「環境と共生する建築」という本が出版されてすぐのころで

野沢さんといえば 環境 ということが 業界では有名であるが

環境に関する話は何一つ覚えていない

ただ 一つ鮮明に覚えているのは

ウイーンにある ロースという建築家の設計した建築についてであった

ロースは 20世紀初頭 「装飾と罪」という論文で 当時はやっていた 

アール・ヌーボー の装飾を否定し、 不要なデザインを疑問視した建築家である

ウイーンの王宮近くの街角にある 有名な「ロースハウス」についての解説で

この建築の1階部分には大理石が使われている・・・・ 云々

この大理石はイタリアから運んできたものであるが

アルプスを越えてウイーンに運ぶのは大変な労力である

イタリアは大理石の産地なので いたるところで 大理石が 使われているが

ウイーンでは そうはいかないので よほど貴重な建築にしか使われない


    ・・・そのずっと後でウイーンに行ったとき、 確かに タイルや 鏝仕上げによる装飾が多く

    大理石は少ないなと実感した記憶があるが  

    これも野沢さんの話を聞いていたから観察できたのだが・・・ 


建築を考えるとき その材料が どこから どうやってもたらされたのか 

ということを考える必要があるのだと その時 しかと学んだ


今回、という話を 講演会の後で野沢さんに話したら

それは 僕の 妄想だよ  といわれた

妄想をしながら いろいろなことを考えるのは楽しいのではないか?

最近時代小説をよく読んでいると

史実と史実の間で 記録に残っていないことは

作家の想像力、空想力によるもので

作家によって想像の仕方が違い それが 個性となって 面白い

ですよね  と いったら

そう、 それは妄想だよ と  話が 弾んだ
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今更ながら 自邸について

はっと気が付くと 1月も終わりになっていた

年末年始 なんだか気忙しく 落ち着かないでいたのかもしれない

実は今年の終わりで 我が家は築後30年になります

30年が長いのか まだ短いのか わかりませんが

ガタがきて建替える家もあることを想うと

いい感じに熟成してきたな というのが 自画自賛の感想

というのも 今月続けて 2回も自宅を公開することになったから

そして 見に来られた 若い方から 思いがけない賞賛をいただき

ちょっといい気になってしまったからかもしれない

そこで、 自宅の設計について もう一度 整理してみた

施主から依頼があって設計する家は要望に従って考えればいいけれど

自分自身に強い要望がない場合 どこからどう始めるか

意外と難しいものだったことを思い出した

同業の 夫は だからなのか 私に任せてしまったのか・・・?

自邸をどうとらえるか 建築家によって それぞれだと思うが

駆け出しの設計事務所にとっては ある意味大きな賭けにでることになる

周囲が驚くような 個性的な設計をして さすが建築家の自邸だ

と思わせる方法もあるが

私たちはそういう勇気はなかった

たまたま 親から譲り受けた敷地が それほど個性的ではなく

厳しい敷地条件を克服するためにこうなった  とは言えない ということもあった

そこで、 ならば ごく普通の家を建てるという方法もあると思いついた

でも 実は普通の普通ではなく

戦略的な 普通の家 ということである

先ずは ハウスメーカーに対抗して 自邸こそ 展示場になる ということ

そして どういう方に来てほしいかを考えると

ごく普通の常識的な価値観があり バランスのとれた人たち

でも 自分たちらしさを大切にし 家族が仲良く暮らせる家  

家にいることが楽しくて または 家を楽しめる・・・などなど

お付き合いをしたくなるような方々を呼び込めるように と考えた

この部分は ちょっと後付であるが

結果として 多くの施主の方々は そういう傾向にあった


若い私たちは当然予算が十分ない

そこで どうやりくりするかであるが 中途半端なものなら なくてもいいが

これはというものは 譲れない 

贅沢ではないが 豊かな 暮らしがしたかった

それをどう解決したか いちいち言っているとながくなるが 

豊かさの一つをあげると 素材の選択がある

それは安くてもいいから  天然素材を使うということになる

建設当時は ラフな 節だらけの木に囲まれて どうかなとも思ったが

経年変化で いい味が出てきた

こういう味わいは自分自身 経験をしてみないと 言い切れないが

一言で表現すると  新建材にはない 強さと優しさがある ということかもしれない




ふらっと 大阪へ

大阪で面白いイベントがあると知り

そうだ、 大阪へ 行こう !  と 唐突に出かけた

このフットワークの軽さは なんだ と 自分でも驚いた

1つには 家事や子育て、親の介護から解放された から

気になるのは 夫の事だけだが  まあ それは大したことではない

今までの人生の中で、結婚する前の シングル時代は

確かに この気楽さがあったが

何年かの 拘束された時期をやり過ごし 再び解放された時期は

本当に貴重だ  その内、 自分自身のお守りが大変になるだろうが

取り敢えず 今はまだない

2つめとして、 こういう年齢になると 交通費の割安の恩恵にもあずかり

そういうことも 気楽さの一因ではないかとも思える

また、仕事も現役とはいえ 40代、50代の様な 多忙さもなく

割合 気儘に やりくりができるようにもなっている

まさに 人生の 熟成期 だ  !!!

大阪のイベントは 生きた建築 ミュージアム フェステイバル

というもので、 さまざまな建築を この時期に限って公開されている


淀屋橋から ローラー作戦のように ガイドブック片手に 見て回った

大阪のいわゆる船場というエリアには 明治から昭和初期にかけての

近代建築が 結構残っている

しかも それらが 現役として活用されているのが 驚きだ

新しいビルも 敷地の一部に 公開空地をつくり 緑化している

以前から 御堂筋は 車道と歩道の間が緑化されていて

とっても素敵な街路であったが、 そうでなかった道路も 街路樹がうえられ

オフィス街であるが、散歩が楽しい街並みだ

そんな中に 突如 昭和の香りのする 近代建築が 現れるのだから

たまらない  

時折ショッピングをしたり、 ガイドにないけれど いいな と思える建築を

見つけたり  気儘なひとり の町歩きは最高

写真は  HP のお知らせ で公開します

最後に 時間があったので 日本橋の 安藤建築を見に行った

1時間以上も並んで やっと見れたが

一般市民にも建築愛好家が 多いという 文化に 驚いた

やはり 大阪は 歴史と伝統があり そして現在も頑張っている感が

伝わった  

名古屋の街は まだまだ これから 何とかしなければ と ついつい

比較してしまったが  自分に一体 何が出来るんだろうか?

しあわせ  について 考えてみた

父の法要で久しぶりに兄弟で集まった

両親を送って7年ほどたつと いろいろ状況も変わってくる

檀家寺の住職さんも亡くなり 今回は跡取りの一人娘さん一人だった

それまで、年老いたお父さんをサポートしながらであったが

今回は 立派にひとりでお勤めを果たされた

彼女は子供の頃から知っているが もう50代 半ばか

お互いに年を取ったものだ

彼女の法要の後のお話しは 初めてだったが

いいお話だった  それは・・・

最近 檀家を訪問すると 高齢の方が増えていると感じる  

90歳前後の方も多く その方たちに 

「今までの人生で どの時代に戻ってみたいですか?」  と聞くと

「今がいちばんいいよ」  という人が多い ・・・

意外な回答だったのだろうか?  どうしてか 考えてみたが

「あれもできない、これも出来なくなった」 と嘆くのではなく

まだ、 「あれもできる  これもできる」  と想えば

今の状況に 不足を感じることは 少ないのかもしれないね   と

そうなんだ、人間 欲望が多いと 満たされていない感が 強いが

そもそもの 欲が少なければ  結構 ハッピィ と 感じられる・・・・


その後、 兄弟での話し合いも いつになく前向きに進んだ

実家はこの何年か 空き家状態になっている

ものが多く、片付けても片づけても ちっともすっきりしない

誰か一人が 悶々と 責任を感じるのではなく 、

みんなで 担当をきめたら どうだろうと ふと 浮かんだ


ずっと気になっていた父の剣道の道具は 親しくしている 弟子の方に 聞いてみよう、

テレビなど リサイクル品を処分する人、 

着物の処分担当、食器担当、ピアノ担当・・・と 責任をそれぞれが持つことにしたら

皆思いのほか やろうよ という気分になった

そして 今回は ここまでであったが  

来年からは 家を 処分する という決断が みんなの共通認識になった

・・・と私には希望的に 思えた

最近全国的な 空き家 問題

わたしも ずっと 気が重かったが  

解決するには ある程度の 時間が必要だと わかった

今回 そのきっかけを 女性の住職さんにもらったような気がして

なんだかとてもうれしい気分になった 

これからは  どんなジャンルでも  女性の役割が  大きいという 

自信にも なった !!

アナログ派のわたし

今年の夏は「暑い暑い」と言っているうちに

9月になり、 「台風台風」 と言っているうちに 

明日はお彼岸  時間のたつのが なんと早いこと

今朝の新聞の一面に 感慨深い 記事が載っていた

東京にいた頃 通勤に使っていたのは 黄色い銀座線

通勤には使わなかったが なじみの深かった 赤い丸ノ内線

この赤い電車は池袋から東京経由で新宿にいく 主要な地下鉄

この地下鉄は 込み合うことでも有名

まあ、 その当時の東京の通勤電車は どれもがそうだったが・・・

その赤い古い車両が 新しいアルミ製に変わり 中古車両は

ブエノスアイレス で第2の人生を送っていた  が

この車両も古くなり その内4台(だったと思うが・・)が

再び 日本にやってきた!

鉄道、地下鉄ファンは大喜びらしいが その訳は 

ノスタルジックな 思い出のためではなかった

新人の運転手に 操作を教えるとき

最新の電子化されたアルミの車両は 複雑でわかりにくいらしいが

鉄でできた 昔の車両は電車を動かすという 基本動作がシンプルで

教えやすいらしい・・・・  また 習う方も わかりやすい  らしい

この記事は 第1、第2と電車として大活躍し 

第3の余生を 若い人に囲まれて過ごす様子を 人の人生のようにとらえていた

が  これは電車や人の人生に限ったことではない  と 感じた


設計を始めたころ  T定規で格闘し からすぐちこそ使わなかったが

プレゼンテーションでは ロットリングでインキングし、

青焼き図面のトレーシングペーパーを真っ黒にしながら 

訂正、訂正におわれたり  と 紙と鉛筆が 人生だった

FAXもなかった時代は やり取りは  電話と郵便物 と  

メールで瞬時にデーターが送れる こんな時代がこようとは !!

朝から晩まで 製図台に へばりついていたころ

ラジオから流れる 流行歌が ちょっとした 救いだった  そんなことを思い出した

事務所の新人たちも 手描きで訓練を受けた世代から 

パソコンでなんでもこなす世代へと様変わり した  が

手描きで訓練していない世代には 何とも言えない 大切なことが欠落している

と感じることが多く、 大学の先生とも そうだね と話し合うことはよくある

地下鉄のこの記事を読んで 手描きで訓練することの 大切さを 再確認した





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