アナログ派のわたし

今年の夏は「暑い暑い」と言っているうちに

9月になり、 「台風台風」 と言っているうちに 

明日はお彼岸  時間のたつのが なんと早いこと

今朝の新聞の一面に 感慨深い 記事が載っていた

東京にいた頃 通勤に使っていたのは 黄色い銀座線

通勤には使わなかったが なじみの深かった 赤い丸ノ内線

この赤い電車は池袋から東京経由で新宿にいく 主要な地下鉄

この地下鉄は 込み合うことでも有名

まあ、 その当時の東京の通勤電車は どれもがそうだったが・・・

その赤い古い車両が 新しいアルミ製に変わり 中古車両は

ブエノスアイレス で第2の人生を送っていた  が

この車両も古くなり その内4台(だったと思うが・・)が

再び 日本にやってきた!

鉄道、地下鉄ファンは大喜びらしいが その訳は 

ノスタルジックな 思い出のためではなかった

新人の運転手に 操作を教えるとき

最新の電子化されたアルミの車両は 複雑でわかりにくいらしいが

鉄でできた 昔の車両は電車を動かすという 基本動作がシンプルで

教えやすいらしい・・・・  また 習う方も わかりやすい  らしい

この記事は 第1、第2と電車として大活躍し 

第3の余生を 若い人に囲まれて過ごす様子を 人の人生のようにとらえていた

が  これは電車や人の人生に限ったことではない  と 感じた


設計を始めたころ  T定規で格闘し からすぐちこそ使わなかったが

プレゼンテーションでは ロットリングでインキングし、

青焼き図面のトレーシングペーパーを真っ黒にしながら 

訂正、訂正におわれたり  と 紙と鉛筆が 人生だった

FAXもなかった時代は やり取りは  電話と郵便物 と  

メールで瞬時にデーターが送れる こんな時代がこようとは !!

朝から晩まで 製図台に へばりついていたころ

ラジオから流れる 流行歌が ちょっとした 救いだった  そんなことを思い出した

事務所の新人たちも 手描きで訓練を受けた世代から 

パソコンでなんでもこなす世代へと様変わり した  が

手描きで訓練していない世代には 何とも言えない 大切なことが欠落している

と感じることが多く、 大学の先生とも そうだね と話し合うことはよくある

地下鉄のこの記事を読んで 手描きで訓練することの 大切さを 再確認した





スポンサーサイト

関西の建築群に驚いた

今年のお盆はオリンピック漬け

そういう方は多いでしょうね、暑いし、混んでいるし

家にいるのが一番!   オリンピックにもちょっと飽きたかなと思う頃

8月14日の夜は 「日本のいちばん長い日」 のリメーク版のテレビ放映がありました

昨年は確か1967年版を見ました

その時は 戦争ものの映画は ちょっとね とスルーしようとしていたはずなのに

見始めると 以外に面白くて とうとう最後まで見てしまった

内容はともかく 昔懐かしい俳優さんたちが たくさん出てきて

あっ、あれは確か ○○さんだ  と同窓会のような乗りでした

今回のは 前評判があったので  見るぞ  と意気込んで見始めた

で 今回驚いたことの一つは 撮影場所 

趣のある近代建築が 次から次へと出てき

一体これは どこ?  と映画の途中から タブレットで検索をしてみた

驚くことに この映画の撮影場所のマップなどができていて

結構話題になっていることだった

まずは 舞鶴フィルムコミッション 今回の映画の中でも特に気になっていた

赤レンガ倉庫群  この建物は 外部も内部も かなりの頻度で登場した

現在は国の重要文化財に指定されていて カフェやお土産ものなどもある

観光地になっている

次に 首相官邸や宮内省のシーンで出てきた 近代建築はどこ?

と興味を持っていると 多くは 神戸市だった

神戸には 神戸フィルムオフィス という

神戸の環境と建造物を組織化したものがある  ということも初めて知った

近代的なものはともかく 歴史的なものは だんだんなくなっていくので

大変貴重だ  愛知県の明治村や名古屋市役所 などは よく登場するし

倉敷や近江八幡の街並みもおなじみで  また出てる  と にんまりしていたが

今回は まったく見当がつかない場所ばかりだった

そのほかにも あらゆる場所が興味津々で これでまた見学先の候補が増えた

下記の映画の公式の制作秘話 はよくまとまっていて 素晴らしい

http://nihon-ichi.jp/about/location.html

その他滋賀県や京都など 関西の建築群のオンパレードだった

その中で京都市立清水小学校 というのが またおもしろい

明治の初めにできた 清水寺の近くにあるこの学校は

今は廃校になっているが この外観を生かしてリニューアルされることが

決まったようだ  オープンは もう少し先になるが

きっと 話題になることだろう

本は友だち

最近のちゃっかり習慣

自分でいうのも なんですが こういう人がいるから 

本が売れないんだな と  思う

本の中にもいろいろあって 図書館で借りれば済むもの

やはり ちゃんとした対価を払って 自分のものにしたいもの

というのが大体の選択ですが

インターネットによる 手軽な 中古本の購入 というのが

新たな手法か・・・  最近は もっとずるくなって

本屋さんに行ったとき、 いろいろ調べて これはと思う本を

まず図書館でリクエストしてみる  という方法もあることに気が付いた

そんな中で 今読んでいるのは 「本は友だち」 という本

ラジオやテレビでおなじみの ドイツ文学者の 池内紀 さん

とっても感じのいい人で ファンなんです・・・!

この本は 池内氏が読んだ本を要約して その本のエッセンスを伝えている

感心したのは 氏 が建築関係の本も よく読んでいるということ

そしてそのいくつかは 私が 持っている本 ということだ

そう、図書館で借りたり、中古本ではない  きちんと定価で買った本が

掲載されていた!

こういうところが 私が池内氏のファンでいる理由なんだな


紹介すると  小泉和子さん 「 昭和すぐれもの図鑑」 「ちゃぶ台の昭和」

これらの本は 持っていないが その他の本は何冊か持っている

小泉さんはテレビでもおなじみの昭和の暮らし方の紹介で有名なので 

まあ、これらの本を紹介するのはわかるが

青木正夫先生他の「中廊下の住宅」 は建築計画の方なら誰でも知っているが

どちらかといえば 学術書の類

江戸時代以降の庶民の住まいがどのように変化してきたかを探る時

欠かせない本で多くの方が論文にも引用している


植田実 の「集合住宅物語」も専門的なジャンルの本

彼は学生時代よく読んでいた「都市住宅」という本の編集者で

有名建築の作品が云々ではなく、ふつうの人々の暮らしに寄り添っている

そういう訳でこの作者たちは 建築家の上から目線的なものではなく

普通の人々の暮らしをしっかり見据えたうえで 建築を考えるという

どちらかといえば 社会学的、文化的な側面が大きいという共通点がある


ドイツ文学者という肩書で、専門的な実績がどんなものかよくわからないが

池内氏はドイツ文学を通じて 人間の暮らし方を見ている人なんだなと 思った

そういうところが 惹かれるのでしょうね







あたらしい習慣

習慣というものは なかなか根づかない

ある本によれば 100日というのが一つの目安らしい

上からの 大きな力 で 押さえつけられているときは

否応なく やるしかない という時期もあるが

そういうものがだんだんなくなり

自分の意志 とか 気持ち などが 主たる 要因となると

自制心というものに 影響され とても困難な状況になる

子育て中は 待ったなしで 次から次へ いろいろやらなければならない

しかもそういう時期は 若く 体も よくついてきてくれた

が  今は どうだろう

まあ いいか 明日でも  誰にも怒られないし  と

それをいいことに だら~ とした暮らしが続くと

なんとなく 体も 顔も だら~  となってしまう

たまりにたまった 皮下脂肪 を嘆きながら  重い腰が なかなかあがらない

だれかに  ガツン といわれて 大きなショックを受けると いいのかなと

これまた 他力本願的な 発想に


そんな私が 今ちょっとあることで 心を入れ替えつつある・・・

こんなことを 公表してしまうのは どうかなとも思うが 

だんだん図太くなって  まあ いいか ときた


何がきっかけだったか忘れたが 

今までよしと思い込んでいたものが 意外とそうではない と気づくことがあった

ある程度の 年齢になってくると

その人の人生が 顔に現れてくる  と よく言われていたが

もう、十分ある程度の 年齢になっている ! 

生活習慣を 見直す ということは 同じ生活が続いている限り 難しい

が 最近 朝 掃除をしてみよう と思い立った

今まで 掃除当番は 夫の仕事 と決めつけていたが

(私は料理や洗濯で忙しいのだ  と)

朝起きて 朝ごはんを作るまでの 15分から30分程度

キッチンや 水回りの 雑巾がけをする  というもの

キッチン、洗面所の扉を拭いたり 床を拭いたり  と

本来なら 習慣的になっているはずのことが  おろそかだったから

夫の大事な仕事を取ってはいけないので

いつもなら 大掃除で 1年分を挽回していたようなことを

毎日 少しずつ やってみる   

まだ 100日の半分もいっていないので 修行が足りないが

あっちの棚、 こっちの棚を 少しづつ こざっぱりしていくのは

意外と 楽しく 気持ちがいいものだと わかってきた

ちいさな おうち

友だちに借りて 「大都会の小さな家 」 という本を読み始めた

まだつかみの部分を読んでいるところなので

どう進んでいくのか  わからないが  出だしから

結構 ガツンと きている

この本が書かれた1988年は まだバブルの最中

私も家を建てた 1年後くらいの時期だ

その頃 家とはなんだろうか といろいろ考えた

今から思えば 若いし、 設計力も 未熟だし ちょっと恥ずかしい部分もあるが

だからこそ 家を建てるという意味があったのかもしれない

というのは 知恵がついて 技術も上がると 余計な情報が入り

純粋に考えられなかったかもしれない から


若い施主の家を頼まれることが 時々あるが

そういう時、 自分の若いころを思い出しながら

ついつい 転ばぬ先の杖  といった アドヴァイスをしてしまう

それは大事なことかもしれないけれど  あまりに レールを引きすぎてもいけない

かといって 見過ごせないし  と 意外と 悶々とする


この本は  家についての原点が書かれているようだ

こういう時期に この本と巡り合えるというのも 何か意味があるような気がする


どんな家を建てるかということは  あるいは 所有するかということは

まさにその人の人生観そのもの

そういうことを 久しぶりに考えてみるのもいいかもしれない

そして 30年近くたち  子供も独立し 夫婦二人

もうすぐ 高齢者の夫婦のみ世帯 になってしまうと

家って そんなに広くなくて いいなーと 改めて思う

今の家のような断熱性もないし、窓もシングルガラスだし

設備も 単純な物しかないが

別にそれはそれほどでもない と感じる

それよりも 捨てがたいのは キッチンに立った時に見える 庭のみどりや

満月が 見える 高窓だったり 冷房をつける前の 涼風だったり

家の中で 自然を感じられる  ということだ と気が付いた


プロフィール

Author:アールアンドエス
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード