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アメリカの都市計画

大げさなタイトルになってしまったが

前回の続きで アメリカの都市について の感想です

改めて バッファローについて調べてみましたが

最近はグーグルで居ながらにしてアメリカの街歩きができる

なんてすばらしいんだろうと その凄さに改めて感激した

まず私たちが住んでいた アパートをみた

188 Princeton Ave. Buffalo NY で検索すると

なんと懐かしいあの景色が 突然 現れた

でもちょっと違うぞ とよく見ると サッシがアルミのようなものに変わっていた

何しろ 40年近く前に 建設後 50年くらいかなといっていた古いアパートなので

(そうなると90年物!!)

サッシはスチールのレトロなものだった  が寒い 北海道のようなところで 

今どきそれは酷というものなんでしょうね。

居住性からすると仕方ないけれど デザイン的には スチールのあの窓は

よかったなー   と懐かしむ


アパートから、 学校までの道を検索したり 美術館やコンサートホールを見たりと

もう 止まらない !!

アメリカの都市の構成をみると  都市計画が きちんとできていることが判明

日本と違ってアメリカはどんな小さな道路でも すべて名前がついているので

ストリートビューでも 迷子にならない  これはすごいことだ

私たちが住んでいた アパートの周りは 碁盤の目のように きちんとした街並み

道路があって 歩道があって アプローチがあってと どの家も同じ

フェンスというものがないので 芝生 の上に 点々と家が点在していた

通りの向かいどうしがつながりになっているのか コンパクトな家のあるとおりと

少し規模の大きい家のあるとおりなどと きっちり分かれている

イメージとしては 「ホームアローン」のシカゴのおうちのような感じ

日本のように道路側にガレージがないのがいいのかな

ガレージは 家の横のアプローチから裏のほうについていることが多い


その中で私たちの住んでいたアパートは 異彩をはなっていた

メインの通りが カーブを描いていて  中庭を取り囲むような 配置計画である

以前楽しんだ 「デスパレートな妻たち」というテレビドラマ のメイン通りに似ていた

そのほか 別のエリアもいろいろとみてみると

大きな通りで区画された 一角は クルドサック形式だったり馬蹄形の通りだったりと

教科書に出てくる 住宅計画そのままの 実例がいくつもいくつもあった

面白すぎて  もう止まらない

そうそう、 ドイツ、ベルリンの 旧東ベルリンの ミッテあたりに

面白い中庭が連綿とつながっていたが  今度は それを探そう




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思い出と発見

3月は 久しぶりに ホームページをリニューアルしていたので

記事を書けませんでした!

しかも いろいろ イベントがあり その準備にも追われていました

もう終わったことですが 3月末に 講演会をする羽目になっていました

いやだ いやだ と逃げ回っていたのですが  大人げないことは やめようと 腹をくくりました

その中の一部を ご紹介しましょう・・・

講演会の参加者は ほとんど同業者 ということもあり

ちょっとマニアックなほうがいいかなと思い

結婚したての頃 留学していた アメリカのことを思い出して

多くの時間をそのことに当てました


私たちが住んでいたバッファローは ニューヨーク州の西の端にあり

五大湖のエリー湖に面しています

エリー湖から オンタリオ湖 の高低差が  あのナイアガラの滝です

バッファローはその最寄りの街として 空港だけは 行ったよ という観光客は多い

この五大湖というのは19世紀頃 まだ鉄道と船が主流だったころは

カナダの鉱山からの鉄鉱石や いろいろな資源のルートで

五大湖に面した シカゴ、デトロイト、バッファロー は大いに栄えていました

20世紀になり 自動車と飛行機がアメリカの主たる移動手段となってからは

街の様子が ガラリと変わりました

バッファローには 19世紀のアメリカの3大巨匠といわれた建築家の作品があります

まずは その父たる H.H リチャードソンの ニューヨーク州立病院

シカゴにおいて新しいスタイルのビルの設計を多く手掛けた 

ルイス・サリヴァンのプルーデンシャル ビル 

これは 歴史の教科書にもでてくる 記念すべき建築で120年を経て いまだ健在です

ただ、どういう使われ方をしているかは 不明ですが

リチャードソンの病院は140年以上ですが 今保存のための改修がされているようです

そして最後は 有名な フランク・ロイド・ライト 

ラーキン商会 は今は存在しませんが住宅や小規模な建築は いくつか残っています

そのうちの もっとも貴重なマーチン邸は 大学の施設として 保存活用されています

これは ライトのいわゆる プレーリースタイル と呼ばれている一連のスタイル住宅です

その時代の一番有名な シカゴにあるロビー邸 より数年前の作品です

私たちは どちらも見学しましたが 

このマーチン邸のほうが邸宅としての バランスが取れていて いい住宅だと思います

後世の人たちの評価というものは 何を基準にするのかよくわかりませんが

こういう建築の評価は 以外にも 一人歩きをすることもあるので

まあ、それぞれ かな とも思います

そのほかにも エーロ・サーリネンなど少し後の建築家の作品もあり

アメリカの都市の中でも 文化レベルが高いんだな と改めて知った次第です

ちょっと長くなったので この続きは 次回に





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