倉敷にて 2

久しぶりに訪れた倉敷で 知らなかったことが他にもあった

1954年にグロピウスが来日した時に倉敷を訪問していたということを

その時の紀行は「グロピウスと日本文化」という本にまとめられているらしいが

恥ずかしながらそれも知らなかった

ブルーノ・タウトやエドワード・モースなどが

日本を訪問し景色や暮らし方、人々の様子に感銘を受けたことは有名だが・・・


グロピウスはこの来日時、お決まりの箱根、京都、奈良、伊勢 を訪問しているが

倉敷もというところが意外だった

当時の倉敷は今のように観光的に整備されておらず

古いものがよく残されていた状態だったかもしれない

グロピウスはこの町の作られ方に感心したとの記事があった

一度この本を探して読んでみたい



グロピウスに触発され丹下健三の作品を思い出し

月曜日で休館と知りつつも倉敷市立美術館へ行った

1960年竣工の倉敷市役所は 一世を風靡した香川県庁のすぐ後の作品で

東京オリンピックの一連の作品に先立っていた

あの当時のコンクリート打放しの彫刻的な建築も

時代の流れで市役所としての役割を終え 1987年に改修して美術館となっていた

東京都庁のように壊されなくてよかったが

これは地方都市ゆえの 土地利用問題と関係があるのかもしれない


今でも 他の建築とは 比較にならない存在感があるが

内部を見ていないので どの程度活用されているのか・・・?

市役所と美術館では 共通するものもあるが

光の取り入れ方が大きく異なるのではと想像する

しかし、何かに転用する場合 美術館が一番ふさわしいのかもしれない


イタリア、フィレンツェのウフィッツイ美術館も

(ウフィッツイ とは イタリア語でオフィス であるが)

メジチ家の事務所だったし、そのほか なにかを転用して美術館になっている建築は多々あるが

新築当時、目的に沿ったコンセプトで建築物を考えることが当たり前の日本では

何年か後に転用されることは想定していない

機会を作って 開館時にぜひもう一度来てみたい


そのあと駅に向かって帰路に就いたが

倉敷の町は 美観地区とその他の地区との格差が激しく

駅前などの近代の都市空間の作られ方などを見ると魅了的とは言い難い

これだけ過去の遺産を持ち、観光客が多く 豊かそうに見えるが

実情はそうでもないのかもしれない

過去の遺産ゆえの困難さもあり倉敷にしてもこういう状況かと思うと

日本の地方都市の今後が危ぶまれる


*注 ワルター グロピウス 知る人ぞ知る 近代の巨匠建築家

第2次世界停戦まえはドイツでバウハウスを創設したが、ナチスに追われアメリカに渡った後

ハーヴァード大学で教鞭をとりながら若い建築家とともに TAC という設計事務所を作り

活動した  日本への影響も多大である



 
  
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